FBI長官を電撃解任されたコミー氏。同氏が残したメモが司法妨害疑惑の発端となった(写真:ロイター/アフロ)
FBI長官を電撃解任されたコミー氏。同氏が残したメモが司法妨害疑惑の発端となった(写真:ロイター/アフロ)

 ホワイトハウスに乗り込んで以来、過激な政策や奔放な発言で物議を醸しているトランプ大統領。就任後100日あまりが経過したここに来て、就任以来、最大の危機に直面している。足元で火を噴いているのはロシア外相に対する機密情報の漏洩と、ジェームズ・コミー米連邦捜査局(FBI)長官の解任に端を発した捜査妨害だ。

 機密情報の漏洩はトランプ大統領がロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と5月10日に会談した際に、過激派組織「イスラム国」(IS)の国際テロに関わる機密情報を伝えたとされる問題だ。この問題を5月15日に報じた米ワシントンポストによれば、米国の諜報能力を証明するために衝動的に漏らしたようだ。今回の情報を収集したのはイスラエルと言われており、他国が収集した情報を安易に漏らせば関係国の情報共有に多大なる影響を与える。

 H.R.マクマスター国家安全保障担当大統領補佐官は、「(大統領の言動は)全く適切だった」と即座に火消しに走ったが、報道内容そのものは否定していない。トランプ大統領はラブロフ外相に明かしたのは極秘情報ではなく、情報を開示するかどうかは大統領の権限だとツイッターで弁明している。

 だが、報道によればラブロフ外相に伝えた内容は最高機密に分類されるもの。米軍の最高司令官たる大統領が最高機密とされている情報を、あろうことかロシアに提供していたとすれば、大統領自身がインテリジェンスの重要性や大統領の職責を全く理解していないというに等しい。

 この機密漏洩疑惑によってホワイトハウスは大混乱に陥った。さらに翌5月16日、ニューヨークタイムズが大統領による司法妨害をたたみかけるように報じたことで、反トランプの火勢は燎原の火のごとく広がりつつある。とりわけ司法妨害は致命傷になり得る。

焦点は情報漏洩から司法妨害へ

 振り返ること3カ月前。2月13日にトランプ大統領の側近の一人、マイケル・フリン氏が安全保障担当補佐官を辞任した。同氏はトランプ氏が大統領に就任する前、セルゲイ・キスリャク駐米ロシア大使と接触、欧米による対ロ政策の解除について協議したという疑惑が報じられていた。

 その翌日、コミー長官がトランプ氏にブリーフィングした際に同大統領がフリン氏に対する捜査の中止を求めたというのが今回の報道の核心だ。「フリンはいい奴だ。放っておいてくれることを望む」と告げた大統領に対して、「いい人だというのは同感です」とだけコミー長官は答えたという。コミー長官はこの時の会話をメモにまとめ、FBIの幹部に送ったと報じられている。

 実はトランプ大統領がコミー長官に圧力をかけたのはこの時が初めてではない。

 それに先立つ1月27日、トランプ大統領が夕食会の席で自身に忠誠を誓うよう求めたところ、コミー長官は公正であることは誓ったが忠誠は拒んだ。その後、3月の議会公聴会でコミー長官はロシアとトランプ陣営が共謀している疑惑をFBIが捜査していると明言、5月9日に長官を解任された。「いい仕事をしていない」。トランプ大統領は解任理由をこう語ったが、一向に収まらないロシア疑惑や政権内からの相次ぐリークにいらだちを深めた末の決断だという見方が根強い。

 「少なくとも2回、捜査の中止を事実上促したこと。それにコミー長官が応じなかったため解任に至ったことはトランプ大統領が司法妨害に関わったとの疑いを強める。司法妨害が弾劾につながるのは超党派の共通認識だ」。丸紅米国ワシントン事務所の今村卓所長はこう語る。今回の疑惑によって、大統領としての資質や適格性の欠如が改めてクローズアップされた形だ。

 大統領選にロシア政府が干渉した疑惑を捜査するため、司法省は特別検察官を設置、ロバート・モラー元FBI長官を任命した。だが、焦点はもはやトランプ大統領の側近とロシアの共謀疑惑から大統領自身の捜査妨害疑惑に移ったと言っていい。

 様子見だった議会共和党も、トランプ大統領とのやりとりを記したコミー長官のメモの提出を求めるなど、疑惑の解明に前向きに取り組み始めた。ダウ平均が400ドル近く下落したのは、ワシントンの危機感が市場に伝わり始めた証左だろう。

 「ウォーターゲート級のスケール」。トランプ大統領に批判的なジョン・マケイン上院議員(共和党)が指摘したように、トランプ大統領とロシアを巡る一連の疑惑を、ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件になぞらえる向きは多い。特別検察官の解任など大統領による司法妨害がニクソン弾劾の引き金になった点を見れば、当時の状況に近づいていると見ることも可能だ。

共和党が直面する政策の停滞と中間選挙の苦戦

 もっとも、弾劾に向けて民主党やメディアの期待は高まるが、議会の多数派を占める共和党がトランプ大統領を見捨てない限り、弾劾には至らない。「ロシアとの共謀に関する具体的な証拠がない中で共和党が見捨てる可能性は低い。今のところ、弾劾は現実的ではない」とユーラシア・グループのジョン・リーバー米国政治担当ディレクターは語る。

 実現する可能性が高いものを挙げれば、政権の混乱がもたらす政策の停滞と、それに伴う中間選挙の苦戦だろう。

 トランプ政権は閣僚こそ埋まったが、実務を担う高官の指名は進んでいない。また、米医療保険制度改革(オバマケア)の代替法案は下院を僅差で通過したが、上院共和党には異論が多く、今後の審議や修正に時間を要する。その他にも、2018年度予算や税制改正など重要な政策課題が目白押しだ。

 その中で余計なスキャンダルが起きれば、調査や公聴会など実態解明が優先されるため重要政策の実現が遅れていく。そうなれば、中間選挙の前にトランプ政権が政治的な成果を得るのは難しくなる。オバマケアの代替法案は年内に成立しそうだが、税制改正は来年の第1四半期か第2四半期までかかるという見方が浮上している。

 それ以外にも逆風はある。クイニピアック大学の世論調査によれば、トランプ大統領のコア支持層と言われる高卒白人男性の支持率が低下している。また、大統領選以降、経済自体は好調に推移しているが、完全雇用に近い労働市場や新車販売台数のピークアウトなどを見ると、成長の伸びしろはあまり残されていないように見える。改選に臨む議員数が民主党の方が多い関係で2018年の中間選挙は共和党が有利と言われるが、経済情勢次第では苦戦することも十分に考えられる。仮に中間選挙で民主党が議会の多数派になれば、弾劾の道は開かれる。

 「大統領にはあらゆる機密を外す権限がある。FBIの中のリークを止めることができなかったことを考えれば、コミー長官の解任は妥当だ。それなのに、トランプ嫌いのメディアがあらゆる方法で彼を悪人に仕立て上げている。メディアは本当に酷い仕事をしている」

 米デトロイトで金属加工業を営むマシュー・シーリー氏はこう語ると、メディア批判を繰り広げた。シーリー氏のようなトランプ大統領の熱狂的な支持者はメディアの情報をフェイクと語り、今も忠誠を誓っている。確かにシーリー氏が語るように、メディア全体がトランプ大統領の一挙手一投足を注視している面はある。だが、今回の司法妨害が事実だとすれば、トランプ大統領は完全に一線を越えた。これまで様々な批判を乗り越えてきたものの、今回ばかりは厳しいかもしれない。少なくとも政権運営の大きな障害になることは確かだ。

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